鳥居と御幣=生砂糖製、
山=押物製、
狐面=ソギ種製。




貝合せ=生砂糖製。




鼓と桜花=生砂糖製。

 
 子は鎹と古くから言い慣わされてきた。確かに子は夫婦の間を繋ぐ鎹であるとともに、その家にとっても次の代を繋ぐ大切な鎹である。したがって縁あって結ばれた夫婦にとって、子の誕生は大きな喜びであると共に、家族生活における一つの責任の達成でもある。
子宝に早く恵まれたいとの願いは、霊験あらたかな神仏への祈願となる。古くから人々に信仰されて来たものは各地にあるが、京都では下京区下寺町の世継地蔵尊、左京区下鴨の鬼子母神、北区北野の北野白衣観音などが有名で、鬼子母神の場合には柘榴の絵馬を奉納し、また白衣観音の場合には、観音堂の饅頭喰人形を借り受け日々に念じ、願いが叶えられた暁には、新たにもう一個の人形を添えてお返しする、といった風習がかっては見られた。

[帯の祝]
懐妊して5ケ月目の戌の日を選んで着帯の祝いをする。それを戌の日に行うのは、犬はお産が軽いのでそれにあやかるようにとの意味からだという。祝膳に出される赤飯、帯締め団子もこの時に用意する。お祝いに招かれた人は「御祝」・「寿」・「戌」等と上書きして持参する。けなし地蔵(浄香庵)では、妊娠9ケ月目の9日の日にお参りすると、湯呑に2杯のお茶湯、つまり母親とお腹の子供の分を合わせh一合(0.18リットル)をその日のうちに飲めば、お産が軽くなるという。この時だされる紅白の落雁(らくがん)により、紅なら女子、白なら男子を授かると言われる。同じ様に衣笠わら天神の安産祈願では、わらの節が有れば男児、無ければ女児が授かると親しまれている。また祇園祭の時、船鉾に飾られる神功皇后の御福形は安産に奇瑞があり、神功皇后が朝鮮遠征の時妊娠しておられ、帯をしめられたのが岩田帯の始まりとなっている。又、山鉾29基の中、占出山の籤取りの順番が早いと、その年は安産だといわれている。
<紅白餅 赤飯>


桜花と雪洞=生砂糖製、
瓢箪=桃山製。






手拭=生砂糖製、
チューリップ・カラー・アヤメ・菜の花=生砂糖と餡平製。


最近は、設備の整つた病院があり、家で出産する人は少なくなった。初子は里、第ニ子からは婚家でが、かって一般的風習であった。今も初子は里方の病院で産む場合が多いようである。もっともごく最近、母子、父子、さらに夫婦関係を改善するために、夫立ち合いの自宅自然出産が有効であるという研究も発表されており、そういうことになれば、次のような安産のまじないもふたたび真剣に考え直されると言うことになりかねないだろう。つまり床の下に水を入れた一升瓶を置くと激しい出血を防ぐことができる。便所・座敷・庭用の三本の箒を3つ足式に立てて祈るとお産が軽い。産婦が出血で気を失ったら夫が屋根に登り大声で3度妻の名を呼ぶとよい。

[産後]
産婦が産後6日で産褥を離れることを6日ダレ、6日ドリ、6日ダチ、などといって赤飯を炊いて祝う。今ならさしずめ退院祝いといったところだろう。産婆さんを頼んだ場合はこの日に招いて膳でもてなし謝礼をする。産婦ははじめて腰湯を使い、また生児については、6日ゾリと称し、産髪を剃ったりもするし産髪は人に踏まれると髪が濃くなるといって、門口など人のよく通る所に捨てたりする。またこの頃までに名付けをすることになる。そして男児なら三重、女児なら二重の餅に、ごまめを腹合わせにくくってのせ、細かく切った半紙に名前を書き親類縁者に配る。
写真は、京菓子協同組合青年部結成20週年誌より掲載。

当ページに掲載されている情報・画像を、無断で転用・複製する事を禁じます。