未開紅

 
 近年、初春の主菓子といえば「花びら餅」を使う茶会が多いが、席中をなごやかな雰囲気にする迎春菓に「未開紅」がある。
未開紅は、未だ咲き染めぬ紅梅のことで、白梅の清楚で気品の高い早春の冷ややかさに比べて、紅梅には娘々とした暖かさが感じられる。
紅梅のなかでも未開紅とよぶのは八重で花が大きく、つぼみのうちから紅の種類だ。
茶菓子の「未開紅」は、うす紅と白の“こなし”生地を重ね合わせて4ミリくらいの厚さにのばし、四角に切って、小豆のこしあんを四方から包み込み、中央に黄色い芯をつけて仕上げている。
宝暦年間(1751〜64年)の書「御前菓子図式」によれば“だんご(米の粉)生地を紅に染め、うす延ばして四角に切り、中に羊羹(ようかん)を包み、上に落雁の炒り粉をつける”製法という(鈴木宗康氏)。
この薄紅と白の重ね合わせは、王朝以来の雛色目(かさねしきもく)の伝統に基づいた色調だけに、落ち着きと気品があって、迎春菓にふさわしい茶菓子といえよう。


豆落雁=豊年
 
 〜山の芋、米、麦・・・ 菓子の風味一段と
伊勢神宮の収穫祭は、その年の新穀でつくった神饌(みけ)と神酒(みき)を供え、五穀の豊穣を感謝する祭であり、宮中では、天皇が伊勢神宮を遙拝し、皇大神宮と豊受大神に幣帛(へいはく)を捧げられるのが恒例という。
五穀とは、米、麦、豆などの穀類のことだが、京菓子屋にはこのほかに山の芋を加えておきたい。山芋は里芋に対してその語源で、漢名を薯蕷(じょうよ)と書く。こう書けば「あァー、おまんじゅうのことだワ」とわかっていただけるであろう。
山芋と米の粉でつくるまんじゅうを“薯蕷(上用)饅頭”というが、この時期、新小豆の香り高いあんを包み、新米の粉と山芋の粘り強さが蒸しあげた湯気に感じられるほどである。これから春三月ごろまでの薯蕷が一番おいしい。
本当に、秋のみのりの恩恵はありがたい。
新米を精米せずに炒って粉にした玄米粉はこうばしい。とくに大徳寺納豆を散らした落雁にすると雅味がある。また、大豆を炒ってひくきな粉の素朴な香りは絶品だ。おはぎや餅につけてよし、私共では、豆落雁をもとにしてつくる俵型の“豊年”を売る。中くらいに炒った豆の粉に和三盆糖をまぜ合わせて型押しした菓子だが、中に小豆あんを包み入れるので半生菓子風にやわらかく仕上がる。
いまは、稲作の減反政策とやらで、豊年を祝う風習はすたれているが、五穀の豊かなみのりを祈念する気持ちに変化はない。菓子屋にとっては気にかかる“秋のみのり”ではある。


黄卵入り軽かん製=山ぶき


 愛媛県今治の、煎茶宗家で光輝流という流派があるが、その茶会で「山ぶき」を茶菓子に勧められていた。
三笠宮がお忍び(プライベート)で今治に旅行なさった折りにつくって茶菓子としたのが最初だと説明されたが、卵黄の入った軽羹(薯蕷)の間にみどり色の羊羹を挟んで切り出した、あっさりとした口溶けのほど良い菓子であった。
「山ぶき」は、晩春、うすみどり色の若葉に混って、五弁の黄色の花を咲く。一重も清楚だが、八重山吹も色鮮やかだ。
古くから歌に詠まれる“山振”も“款冬”のもともにヤマブキと読んでいるが、調べてみると、八重款冬(八重やまぶき)などというのは、黄色い花が咲く蕗(ふき)との取り違い、だという。また、款冬もフキの漢名でない、とする辞典もある(平凡社「大辞典」)。
しかし、ヤマブキは日本固有の花だから、襲ねの色目に「山吹衣」というのがある。表は薄朽葉、裏は黄色。「花山吹」は表が黄色で裏が薄萌黄色。「青山吹」は表が青で裏が黄色。「裏山吹」では表が黄色で裏が紅になる。
この襲色目を知っておくとこなし生地を延ばし、餡を巻くだけで、結構ちゃんとした茶菓子が出来上がるから便利だ。
箱入り用にも求肥餅に薄萌黄のあんを包み、黄色の餡そぼろを塗す方法も手軽な季節菓子となろう。
写真は、京菓子協同組合青年部結成20週年誌より掲載。

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