衣被(きぬかつぎ)

 
月に供える〜愛きょうある“衣被団子”
 花鳥風月。雪月花をめでる心は、東洋の風雅な髄であって、西洋の人々には理解しにくい、という。
 殊に、月を祭る、月を待つ心は、日本人ですら近頃忘れかけた思想となりつつある。
 かろうじて、和菓子屋は商売ものの「月見団子」を売ることによって、風雅の心とまではいかないまでも、その風習を守ろうとしている。
 風雅は別にして、月見の習俗は月への信仰がさきのようで、農耕行事に基づく仏教的来迎思想だという。
そう言えば、「芋名月」の呼び名は、まさに農耕行事にふさわしい。すすきや萩や桔梗(ききょう)を献花し、米の粉を蒸して丸めた団子を、衣被(きぬかつぎ=皮つき里芋)とともに供える。
月の出の“月代(つきしろ)”を信仰の対象とするのは来りくる豊作への祈願と合致する。月へのお供えは、本当は何でもよかったのではないか。里芋が穫れるころだから衣被を、一ヶ月遅れの豆が出る頃は豆名月と言うように・・・。
さて、従来の月見団子は、白くて丸いものに決まっていたのだが、このごろ和菓子屋がつくる団子は里芋に似せて、やや長くて小豆あんが掛けられている。あんが里芋の皮の思いであろう。“衣被団子”の名がふさわしい。
京菓子屋では、蒸しこなし製(白小豆のこしあんに小麦粉を練り合わせて蒸しあげた素材)に、あんを包んで里芋の形にして、肉桂を刷いて皮を表し、ところどころに小芋をつけて仕上げる。
いずれにしても、月見の茶菓子は愛きょうがあって楽しい。





琥珀製「沢辺の蛍」

 
 琥珀(こはく)は地質時代の樹脂が地中に埋没して生じた化石の一種で、おおむね黄色くて光沢のある透明なものをいう。
 いま話題になっているリトアニアのクライペダ市と、岩手県久慈市はともに「琥珀」の産地である関係で、去年七月に姉妹都市になった。しかし、ソ連からの独立宣言をめぐって、その付き合いが微妙になってきた、と新聞が報じていた。
 琥珀の透明感が持つ冷たさを夏菓子に模したのが「琥珀羹(こはくかん)」だが、せっかく縁あって結ばれた姉妹都市の関係まで、国と国との外交上で冷めてしまっては困る。
 琥珀羹(金玉(きんぎょく))は、寒天と砂糖と少量の水飴(みずあめ)を入れただけで作る羊羹で、琥珀と呼ぶには惜しいくらいにクリスタル(水晶)のように透明で美しい。だから、琥珀にするには焦がし砂糖か赤黄色の着色料で染めている。
 「沢辺の蛍」は、やや黄色めにした琥珀羹をセロハン紙を敷いた茶碗に流し、大徳寺納豆を一つ落として絞り包んだもの。川端柳に飛び光る蛍の風情をあらわした夏菓子である。
 よく煮詰めて歯ごたえのある琥珀羹はおいしいが、菓子どうしくっつき、素手で触わると、触わったところが半透明に糖化するので菓子鉢には、水に浸した青カエデを敷いて盛るとよく、より涼しげでもあろう。

写真は、京菓子協同組合青年部結成20週年誌より掲載。
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